2.一日目


「よ、久しぶり!」
「お、ようこそ福島へ。あれ?俺が東京に住んでた頃以来だから五年ぶり?ま、車乗りなよ」
「あれ、ビートルズ聴いてんの?」
「うん、やっぱりなんか聴いちゃうね」
「俺もちょうどビートルズ聴きながら来たんだよ」
「そうなの?何聴いてたの?」
「アルバムだとリボルバーとマジカル、あとはワイルマイギターとかドライブマイカーとかちょこちょこっと。あ、最近はグッドナイトが妙に好きでよく聴くね」

「ホワイトアルバムが好きなんだっけ?」
「いや別にそーいうわけでも、で、今かかってるのはサージェントと、これ青盤か?」
「うん、このへん、つうか中期ビートルズがやっぱり一番好きだね。で、福島はどこ行きたいの?」
「んーやっぱり海のほうだな?遠いの?」
「いや、そうでもないよ、山道だけど。ただその道、放射線量結構高いから。ホットスポットあるし。こう山ぞいに風が原発のほうから流れてきちゃうんだよ」

「やっぱり普段から放射能は気になるよね?」

「んーでもねー段々慣れるっつうか麻痺してきちゃうとこもあるんだよね、別に大丈夫じゃないかって。よくないんだろうけどね。でも神経質になりすぎても生活できないしさ。こんだけ放射能が漏れた。まあ、まだ止まってないけどさ、その影響なんて誰にもわかるわけないんだよね。だってこんな事故今までなかったんだから。結局、俺ら自身の体で今後あきらかにするしかないんだよね。つうわけで海目指すよ、ホットスポット通るけどいいんだよね?」

「いいよ、でもさ、海ってよく行くの?」

「震災前はね。仙台か海か、このへんだと休みに遊びに行く場所なんて限られるしさ。でも、それからは一度も行ってない」

「知り合いの人とか、みんな無事だった?」

「いや、よく飯を食べに行ってたお店の人が消息不明。全くわからず。お店も自宅も海のすぐそばだったし。新聞にさ、身元不明者の情報、服装とか、凄く細かくのってるんだ。毎日、目をこらして読んでたよ。でも、そんな人多かったよ、俺だけじゃなく。とにかく何かわかれば。でもね、あの日は寒かったんだけどね、着ていた服装とか、すごく細かく書いてあって、それを読むだけでかわいそうになるよ」



「あのさ、しつこいけどさ、俺はいいんだけど(カーナビ見つつ)海に行くにはここ通るしかないんだ。(計画的避難区域と同じレベルだったかな)ここは放射能の溜まり場になってて今でも結構線量高いんだよ。あのクルっと回った円なんてあんまり関係ないからね、高いとこは高いよ、マジでいいの?」

「いいよ」


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「そういえばビートルズ再結成って話あるね」
「え!?そうなの!?最近うとくて・・・でもポールとリンゴだけでビートルズかぁ」
「じゃあ再結成しても観たくないか?」
「むちゃ観たいよ」
「何だよ、あ、このへんだね、ホットスポットは」
「ここ?」
「うん」
「全くわかんないね」
「そりゃそうだよ、放射能目に見えないし。でもね、公表されてるホットスポットは数ヵ所だけどさ、実際は福島市内とかも含めてもっとあるよ、俺ん家とかね(笑)」

「何?やっぱりそれは自主的に調べてわかったの?」
「ま、俺もそうだけどさ、自分の命が危険にさらされりゃ、そりゃ誰だって真剣に調べるでしょ」
「このあたりに住んでる人はみんな避難されてるの?」
「のはずだよ、でもさ最近は避難した家を狙った空き巣がふえてるんだ。そうじゃなくてもさ、家とか土地とか財産全部を放射能に汚染されてさ、へたすりゃ全部駄目になっちゃうんだよ」

「除染とか・・・」
「できればいいんだけどね」

「ん、ちょっと待って。空き巣ってさ、高濃度に汚染された盗品がどこかに流出してるかもってことか?」
「物盗りは金になれば放射能は関係ないからね」
「うーん大丈夫と思いたいね。そんなに空き巣増えてるの?」
「ニュースになる程度にね」

「でも、やっぱり道路工事そこここでやってるね」


「道路はずいぶん綺麗になったよ。震災直後はどこも酷かったけど。で、このままいくと六号線てのにぶつかるんだ。右に曲がると原発に向かうんだけどさ、その六号線てのがラインなんだ。そこを挟んで向こうとこっちで津波の被害がまったく違って。もちろん場所にもよるんだけどさ、そこ越えたり・・・。このへんに友達が住んでるんだけど、六号線のすぐこちら側にパチンコ屋があって、もちろん最初は営業なんてできなかったけど、当然再開するじゃん、仕事なんだから。で、再開てなったらさ、そりゃ人来るでしょ。六号線を挟んで、開店前の店の前には行列ができててさ、こっちには普通の生活があって。なんか残酷だったって。誰がってわけじゃなく。そういう状況が」


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車の残骸などがあちらこちらに点在していましたが、瓦礫などはかなり片付けられていました。
この町によく遊びに来ていたという友人は、車を走らせながら「自分が今どこを走っているのかわからない」と言いました。

「あのあたりにそのお店があった」

海まで何もありませんでした。松でしょうか?海沿いに何本かたっているのが遠望できました。
ひしゃげた信号機を見て、少なくともあんな高さまで水が来たんだと思いました。

海水浴場に行くと海は穏やかでした。


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「でもあれだね、このあたりはまだ道路通行止めって多いんだね」
「え?ああ、あの看板?あれ違うよ、震災直後に道路を通行止めにして、そのままなんだよ」
「え?そうなの?」
「だって普通に車通ってるじゃん、看板よけながら」
「あ、ほんとだ」

「雨降ってきたな。もう被災地はいいでしょ、車でウロウロするのはいい気分しないよ。とりあえず仙台に行くってことで」
「遠いの?」
「このまま六号線北上して四号線に入って二時間ぐらいだな?」



「仙台も地震の被害は」

「うん、俺は地震の時仙台市内にいたんだけど、もうわけわからなかったよ。本震だけじゃなくて余震もでかいのが次々とおこってさ。でも地震ですぐに仙台の街全体が停電になっちゃったけど、俺が停めてた駐車場のゲートが手動で開くとこでラッキーだったよ。それで身動き取れなくなった人も結構多かったからね。で、急いで福島帰ろうとしたんだけど、道路も被害うけてるし、大渋滞だし、でかい余震は続くし、家族に連絡しようとしても電話は通じないし、ホントに何が何やら、仙台空港に向かう道には凄い数の警官がいるしさ。とんでもないことになってる、てことはわかったけど」

「仙台は津波の被害も」
「うん、すぐそこまで被害にあってるよ」
「そういうのって」
「わかんないよ、市内も地震直後は混乱しまくってたし、少なくとも俺はわからなかった」
「じゃあ、もう本当にわけもわからないうちに津波に巻き込まれた人も沢山いたんだろうね」


「俺がね、福島に帰ろうと、この辺りに来たときはもう夜だったんだ。真っ暗。車のライトぐらいでさ。でも友達がまだ明るい時間にこの道を通ったんだ、そうしたらたくさんの人がね。俺は通るのが夜になってよかったかもしれない。ところでさ、お前生まれ長崎じゃなかったっけ?」
「うん、長崎市じゃないけど」
「原爆」
「うん」
「差別とか、今もさ」
「聞いたことある?昔のことは俺も知らないけど、今の話として」
「ないけど」
「ないよ。まったくない」


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「今日は車降りると雨止んで乗ると降るな、逆じゃなくてよかった。でも仙台、地震直後の話聞いてたからもっと被害が残っていると思ってたよ」
「この辺は中心地だからね、復興は早かったよ。それに日本の建物は基本地震には強かったんじゃない?」
「あれは?」
「あれは七夕祭りの準備だね。駅ビルの地下にレストラン街あるからさ、何か食べようよ」


「ここでいい?」
「いいよ。あ、ビートルズかかってる。しかも中期。誰もかれもがビートルズ。あれかね、その再結成てので皆思わず・・・な、わけないな(笑)」
「うん、当然好きで聴いてるんじゃない?まあこれは店のBGMだけど」
「そりゃそうだね。あ、そういえばツイッターでさ」
「あれ?ツイッターやってんの?」
「うん、んでさ、俺は基本フォローしてる人のツイートを読むくらいなんだけどさ、そこに、リツイートでだったか、"音楽に疲れたらビートルズを聴く"、てのがあってさ、我々は疲れているのだろうか?」
「疲れているだろ」
「そりゃそうだ(笑)」

「あ、お前YouTube消した?何か自作の曲アップしてるとか言ってたじゃん。ないぞ」
「あれ移動したんだ。東京帰ったらアドレスメールするよ。ま、別に新しい曲アップしたわけでもないから無理して聴かんでもいいけど」
「で、アップして何か世間的に反応あったの?」
「海外から小反響があったよ、ほぼスパムだけど。でも本当に気に入ってくれた人もいたみたい」

「でさ、帰りのことなんだけど・・・高速で帰ろうと思うんだけど、福島県民は被災証明書を提示すれば高速料金無料なんだ、だからみんな高速を利用して逆に渋滞してる可能性が」
「平日だし、時間的に大丈夫じゃない?」


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「スムーズに流れてんじゃん」
「だね。でもね、この高速道路も地震で被害受けたんだけど、この道路が文字通り震災直後の福島の生命線だったんだ。この道を運ばれてくる物資で生きのびた、みたいな。もちろん今でもだけど」

「やっぱり電気とかライフラインは全部駄目だったの?」
「場所によって違いはあると思うけど、俺んとこは復旧まで電気三日、水道一週間、ガソリン一ヶ月てとこだな?その日もやっとこさ家に帰り着いて、ロウソクの灯で生活するのはまだよくて、水がとにかく貴重で一週間手も洗えなかったのがきつかったね。とりあえずホテルに送ってくからさ、で、近くによくいく居酒屋があるからそこで飲もうよ。車は代行頼むから」

「そのへんだとやっぱりある程度線量は高い?」


「基本的に水素爆発前の三十倍ぐらいだと思うけど、今、俺が頭で計算してみてだけど。もちろん溜まっちゃうとこはもっと高いと思うよ。だからさ、風通しがいい場所で放射線量計ってもあんま意味ない気するんだよ。もう地べたの風通しが悪そうな場所で計んないと。そういうとこが高いんだから」

「テレビとかで今日の放射線量とか細かくやるわけ?」
「細かくはないね、かなり大まかだよ、細かくは町内会の回覧板とかでやるしかないみたい」

「で、自分で家の線量計ったんだ?」
「うん、検査するやつ人に借りてね。あれ結構値段高いんだよ。で、45マイクロシーベルト」
「計り間違いじゃないの?」
「だって数値で出るんだよ。体温計みたいなもんだよ。つうても本当に庭のごく一部、吹き溜まりみたいなとこがピンポイントで高くなっているんだけど。ま、そのピンポイントが庭に何カ所かあるんだけどさ。でもそれ以外は本当にそこまででもないんだよ。家の中は線量ガクッとさがって0.2マイクロシーベルト位。外は呼吸してるレベルでそれの約6倍ぐらい。まあ、あくまで俺の生活環境レベルの話だけどね」

「除染は?」
「現実問題、自分らでやるのは厳しいよ。」


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「あ、彼、俺の昔からの友達で東京から来てくれたんですよ。一緒に相馬まで行ってきたんです」
「ボランティアで来られたんですか?」
「いえ、遊びに・・・何か失礼な言い方ですけど」

「いいえ、よく見ていって下さいね。今着ているこのTシャツ(後ろに“がんばろう福島”だったかな?)もチャリティで買ったんですよ」

「このお店は地震大丈夫だったんですか?」
「いえ、もう大変でしたよ。その時はとてもまた営業できるようになるとは思いませんでした。でもみんなが協力してくれて」

「助け合いですよね」
「困った時はお互い様ですからね」
「がんばりましょう。ほら、福島東北人はあったかいんだよ(笑)」


「おい、何食べる?」
「牛タン食ってからたいして時間たってないが、あ、壁、ちょっとヒビ入ってる、つうても表面の塗装が剥げちゃってるだけか、シシャモある?」

「そういえばさ、俺、地震の時、仙台市内のビルの七階にいたんだけどさ、もうすごい揺れで、電気は切れるは、天井は落ちるわ、でも、ほら、少し前に結構でかい地震あったじゃん。俺、最初、あれの余震だと思ったんだよ。で、近くにいた人にそれを言うと、"まったく揺れが違います、駄目だ!"てその人叫んでさ。瞬間死を意識したよ。おばあさんが座って数珠だして祈りを始めるし。で、揺れも随分長かったけど、ようやくおさまって、外に出ると、ガラスは散乱してるわ、路上にうずくまって泣き叫ぶ人はいるわ、これは現実か?と。でも、思うんだけどさ、どの建物も中は結構ひどかったと思うんだ。でも建物自体はあの地震をはね返したからね。日本の今の耐震技術は凄いよ」

「仙台、街に活気あったね」

「うん、復興に向けてね。福島はさ、どうしても原発の問題があるから、先が見えないんだよ。俺はまだいいよ、仕事も問題ないし、逆に忙しくなったぐらいだし。でもほとんどの人はさ、先が見えないんだよ。とにかく原発の事故を何とかして欲しいよ。放射能漏れ続けて復興できるかよ。でも怖いのはこれからだよ。まだ心に残っている希望が完全に壊れた時が。自殺する人も増えてるんだ。生きるすべを全部奪われたら死ぬしかない。だから国とかさ、無責任にできもしないことだけは言って欲しくないよ。眉唾だと思っても、もうそこに希望を持つ、持たざる得ない人が沢山いるんだよ」


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「ありがとうございました」
「がんばって下さい」

「な、もうちょい飲もうぜ」
「いいけど、外あんまり人歩いてないね」
「田舎の平日の夜だぜ、こんなもんだろ」
「そうだね」
「んじゃ、そこに飲み屋あるからさ、そこ行こうぜ」
「ああ、いいよ」


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「最後の焼きそばはいらなかったんじゃないか?」
「かもしれん」
「あのさ、たとえばさ、あの側溝のとことか放射線量高かったりするの?」
「計ったわけじゃないからあれだけど、可能性はあるね。ああいうとこに溜まるからね」

「でもいいとこだね」
「いいとこだよ。あ、このお店のお菓子凄くおいしいんだよ」
「ほー何か有名なの?」
「ここさ、俺が生まれた町なんだ。小学校入ったくらいまでここにいた」
「そうなんだ。あれ?あっちの空だけ異様に明るいね」
「ああ原発のほうだね」
「へーやっぱり昼夜たがわずの作業か?」
「いや、さすがに違うだろ。別の光だよ」

「でもさ、もしかしたらさ、微量の放射線は体にいいって話あるじゃん。何十年かしたら福島だけ異様に長寿になってるかもしれないよ。長生きしたけりゃ福島にいけ!って世界中の人が我も我もと福島を訪れる。福島大人気になってるかもしれないよ。て、俺も無責任なこと言ってるな」

「お前は国じゃないからいいだろ」
「だな」

「しかし今日は早朝からひたすら移動し続けたから結構きてるな。明日はどうする?」
「まあ何か考えとくよ。じゃあ俺は運転代行呼んで帰るから」

「おう、今日はありがとう」


※この友人の発言、数字とかやたら細かく、不自然かもしれませんが、本当にこういう計算がパッとできるやつです。おれはあとでメールで確認しましたけど。ちなみにおれのほうが少し年上なので、実際の口調はおれのほうがちょっと威張り気味かもしれません。もひとつちなみに、彼の従姉妹は、奥さん?楽天の三木谷さん(お金の管理にうるさいそうです。当然ですね。)のどうやら文字通りの参謀で、90年代中ごろ、「おれの従姉妹が友人たちと会社を立ち上げたので、そこでバイトをする」と。で、「とてもついていけん」と言ってましたがどうだろう(笑)。そうそう立ち上げ当初、おれを音楽家として売り込んでくれたんだ(笑)。おれの行動力の欠如。まだ楽天になる前の話です。で、仙台への車中、「三木谷さんは、もちろん東北全部を支援したいけど、残念だが私達の現在の力でそれは無理だ。だから宮城、仙台を中心とした地域の復興に全力を尽くす、と言ってる(友人同士の会話です)みたいだよ。」と。

「やっぱり有難いよ」と、同じ仙台への車中で、孫正義さんの寄付にも感謝していました。

で、おれの友達は当然福島市民です。


20180831。







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